騒ぐな
琉球山深く住むマッスグスクにきいた話。フィクションでありまして作者に責任ある言葉じゃありません。
「騒ぐと?迷惑となる。
成熟した社会は静かな社会である。
赤ちゃんは騒ぐけれどかわいい。赤ちゃんは言葉を覚えていないので泣いたり等によって社会と会話する。
小学生が騒ぐとうるさい。小学生が騒ぐことを社会は許していいか?許さぬべきである。
小学生がばか騒ぎするとかわいくない。うるさくて迷惑となる。
小学生は言葉を覚えているから小学生は騒ぐ必要などない。
騒がないことを教育することこそ成熟した社会による正当な教育である。
騒ぐことによってストレスは増大する。
騒がれるとストレスは増大する。当然である。
子供はげんきに騒いで遊ぶべきというのは間違いである。
子供であろうと子供以外であろうと騒ぐのはばかであり、社会への反逆である。静かに遊ぶ静かに仕事する静かに勉強する。それこそ成熟した美しい楽しい平和な社会である。
戦争が嫌いなら静かにするべきである。
賭博、賭事の施設より、スポーツ、音楽参加施設を造りなさい。
賭事に使う金があるならスポーツ音楽に参加する費用にしなさい。
健全なスポーツ音楽施設以外では静かに生活する。健全な経済効果によってより善い社会にするアイディア溢れる世界となって自然環境と尊敬の念をもって会話する社会となる」
異常気象をマッスグスク語れり
マッスグスクという偉人ありて琉球山深く住むという。吾ゆきてマッスグスクと会うをなした。その偉人による静かな敬語をここに記す。
なのでフィクションでありまして作者に責任ある言葉じゃありません。
「異常気象という言葉を単純に信じる現象を異常現象という」
タモリのホンタイ
ホンタイシリーズはフィクションであります。ここでの表現は作品としての表現であり、私の主張ではありません。ご容赦ください。
音楽番組といったって、ほとんどアイドル集合な番組だったりする。
アイドルのよさはある。しかし、ほとんどアイドルだけで作られた番組を音楽番組として放送してはたしてファン以外からの支持はあるか。
アイドル以外はどうであろう。ところが、才能ある者らはアイドルの楽曲をつくっていたりする。かといって才能ある者等に支えられたアイドル楽曲をじっくり聴くなんてことしない。ファンじゃないから。
己でつくって己で歌う。手作りな歌は必要である。
音楽には
馴れというのがあって、アイドル楽曲に馴れたらアイドル楽曲を聴き続ける時期が続くことになる。
米国の音楽は、くやしいけれど豊穣である。多様な音楽を聴くことに馴れた米国なのだろう。
音楽業界の衰退は世界規模であるが、商売以外のところで米国の音楽はくやしいけれど豊穣である。
多様な国の多様な音楽に馴れることは重要である。
タモリは多様な国の多様な音楽を聴き続けている変わり者である。
だからあの番組で黙ってがまんして司会を続けたって大丈夫なのさ。タモリはあの番組後の夜はきっと多種多様な世界の豊穣音楽によって己を浄化しているのさ。
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